職員満足度向上につなげる時間単位有給休暇制度の活用法

1.時間単位で付与する年次有給休暇制度の概要

時間単位取得による年休制度を活用する

2010年4月の労働基準法改正により、書面による労使協定を締結した場合には、現在は原則として1日(半日も可能)を単位として付与される有給休暇について、時間単位で取得することが可能になりました。
労使協定を締結すれば、年に5日を限度として、時間単位で年次有給休暇を与えることができます(時間単位年次有給休暇)。
一方で、有給休暇取得状況の管理が複雑になり事務負担が増加するという印象があるため、医療機関での活用はまだ一部に限られています。
しかし、診療所のように比較的職員が少ない事業所の場合は、事務負担の増加という点を含めても、時間単位年次有給休暇の導入にメリットは大きく、運用に際して検討と留意点を踏まえれば、働きやすく職員定着率の高い職場環境づくりへの効果が期待できるのです。

(1)時間単位で付与する有給休暇制度の導入

労使間の協定で定める事項

(2)日単位と時間単位年休の取り扱い

職員が取得を請求できる年次有給休暇の単位を1日または半日と定めて運用してきた場合、新たに時間単位の年休制度を導入する際には、現行と異なる取り扱いが必要になる場面があります。
また、医療機関側にとっては、職員からの年休取得請求があっても、シフト調整の都合などのため時季変更権を行使したいケースが想定されますが、それが時間単位であった場合にも留意しなければならないポイントがあります。

(1)時季変更権との関係

時間単位年休も年次有給休暇であり、事業の正常な運営を妨げる場合は使用者による時季変更権が認められます。
ただし、労働者側の意思である日単位での請求を時間単位に変えることやその逆の変更は、時季変更にあたらず認められません。
また、労働者からの具体的な請求があって初めて付与できるものであり、計画的付与として時間単位年休を与えることも認められません。

時間単位年休取得に際して認められない制限の例

(2)支払われる賃金額

時間単位年休1時間分の賃金額は、下記のいずれかをその日の所定労働時間数で除した額になり、これらの選択にあたっては、日単位による取得の場合と同様に取り扱います。

支払われる賃金額

時間単位年休導入を検討する視点

時間単位での年次有給休暇を導入することについては、その導入が事業者側の選択に委ねられているため、労使間での調整を要する場合も考えられます。
労働基準法において上限日数は定められましたが、その他の「取得ルール」については、各事業者において定めることが必要になります。
その際には、(1)事務が煩雑となる可能性、(2)時間管理意識が弛緩するおそれ等への人事労務管理的問題点、(3)本制度の導入が適当かつ可能な職場か否か、という観点からの判断が求められます。
この検討には、自院の規模・職員数だけでなく、診療科特性なども考慮すべき要因に挙げられます。
したがって、各医療機関の実情に応じ、その対象や取得方法、時季変更権のルール等については、混乱を回避するために労使協定で定め、かつ、それらの手続き等に関する内容を義務付ける就業規則の改定が必要となります。

時間単位年休制度導入の要件

育児・介護休暇との併用の可能性

改正育児・介護休業法によって、休暇の取得が法的な根拠をもつ権利として認められたにも関わらず、特に女性職員の割合が多い医療機関では周囲への業務負担が懸念されるため、育児・介護休暇の取得をためらうケースも多く聞かれます。
医療機関としては、育児休業等取得を希望する職員の心理的負担を軽減する取り組みを進めることが優先事項ですが、時間単位の年休制度導入など、職員それぞれのライフステージに合致した働き方を可能にする職場環境づくりを果たすことで、「働き方の選択肢が用意されている職場」として、職員のモチベーション維持にもつながります。
また、育児休業後の復職に際しても、これらの時間単位年休を有効に利用し、無理せず職場への順応を果たすことも期待できます。

2.時間単位年次有給休暇導入時の実務ポイント

時間単位年次有給休暇を導入する際の留意点

時間単位による年次有給休暇は、1人当たり年5 日が上限(*)とされており、最低1時間から取得することができます。
前章で述べたように、本制度を新たに導入する際には、(1)労使協定の締結、(2)就業規則の変更、の2点を行う必要があります。
就業規則については、規定変更に伴い、その旨の届出を労働基準監督署に行わなければなりませんが、導入自体は事業者に課せられた義務ではないため、基盤となるのは労使間の合意であって、この労使協定書の中には、主要事項だけではなく実際の運用を想定して必要な規程を盛り込んでおくと、スムーズな運用に役立ちます。
本章では、時間単位年次有給休暇を導入する際の実務上の検討事項を中心に解説します。

時間単位による年次有給休暇制度のポイント

(1)労使協定で定める主要事項

前章で述べたように、時間単位年次有給休暇の導入に際して、労使間で定める主な事項は下記の4点です。
ただし、これらを定めたとして作成した労使協定書は、労働基準監督署に提出する必要はありません。

労使協定に定める4つの主な事項

(1) 対象者の範囲

自院の職員数や雇用形態別の割合、シフト等の事情を考慮して、パート職員を含めるかどうか等を任意に設定することができます。

(2) 取得可能日数(最大5日)

定められた5日以内であれば、自由に上限を定めることが可能です。

(3) 1日当たりの最大取得時間数

1日当たりで取得できる最大時間数は、1日の所定労働時間数を下回らない整数で規定します。

1日当たりの最大取得時間数

(4) 取得単位(1時間以外を単位とする場合)

1時間単位ではなく、2時間や3時間単位にした場合には、これも協定事項に加える必要があります。

(2)労使協定書の文例

労使協定書では、前述の4つの主要項目のほかに、運用を円滑に行うための工夫として、他の事項を含めることも有効です。
下記は、翌年に時間単位年次有給休暇を繰り越す場合において、残時間数管理がしやすいような方法を採用している文例です。

時間単位の年次有給休暇に関する協定書

3.新制度導入に伴う就業規則の改定例

医療機関で対応が求められる事項

労使協定によって時間単位年次有給休暇の導入が決まれば、年次有給休暇に関する就業規則を変更するとともに、労働基準監督署に対しては、その旨の変更届とそれに対する職員の意見書を提出しなければなりません。

(1)就業規則等各種関連規程の見直し及び整備

従来、医療機関はその業種の特殊性という要素もあって、時間外労働や勤怠管理のルール運用が曖昧な傾向が指摘されてきました。
改正労働基準法の施行によって、36協定や勤怠管理、さらには時間外労働に関する割増賃金をめぐる規定についても見直しが求められています。
したがって、予め労使協定を締結するとともに、混乱なく円滑な運用を図るために、就業規則をはじめとする各種関連院内規程の見直し、あるいは整備を進めなければなりません。

医療機関における改正労働基準法の対応事項

(2)職員の配置や採用計画の見直し

時間単位付与など有給休暇の取得方法が多様化したことによって、職員の有給取得請求が増加することも想定されますから、複数職員の年休取得が重なった場合であっても、業務に影響が生じることのないように、職員の配置や採用計画を再検討する必要もあるでしょう。
医療機関における業務は、円滑な遂行が当たり前の水準であり、有給休暇取得等の労使間の事情に影響される事態は許されないと理解すべきです。
同時に職員間においても、有給休暇取得や割増賃金支払等をめぐって、感情的なしこりが残らないような配慮も要求されるのです。

就業規則における有給休暇関連規程の改定例

(1)時間単位による取得を従前規定に追加する場合

年次有給休暇については、1日あるいは半日単位で付与していた医療機関が多いと思われますが、新たに時間単位での年次有給休暇を導入する場合には、時間単位で付与する旨の規定を追加する改定を行わなければなりません。
つまり、年次有給休暇取得に関する項目に、「1年間に5日を限度として1時間単位で取得できる」等、明記することが必要です。
したがって、現行の就業規則において定める年次有給休暇に別条で時間単位年休を追加する場合は、次のような改定文例が挙げられます。

時間単位年次有給休暇の規定例1<時間単位付与を追加して定める規定例>
上記のように規定することで、時間単位での年次有給休暇付与は可能となりますが、例えば当日の遅刻を時間単位年休で埋め合わせる等という利用を防ぐために、事前申請を原則とする旨を定めておくことが有効です。
次項では、運用上の問題も想定して、予め、より詳細な項目を定めている例を紹介しています。

(2)円滑な運用を図るためにより詳細な定めを設ける場合

現行の年次有給休暇に関する定めに、時間単位で取得する場合を追加し、当該条文全体を修正する改定も一つの方法です。
その際に、取得に当たっては事前申請の原則を明示するほか、また時間単位年次有給休暇は、1日あるいは半日単位の年次有休と異なり、医療機関(事業者)が指定した時期に職員(従業員)に有給を取得させる「計画的付与」の対象外となっていることから、その点についても明示しておくケースも考えられます。

時間単位年次有給休暇の規定例2<現行の年休規定と統合し修正する規定例>

4.時間単位有給休暇制度の運用と活用してのポイント

医療機関が時間単位有給休暇を活用する視点

病院に比べて、職員数が少ない診療所にあっては、日単位での有給休暇取得が困難であるため、長期間勤務していた職員が退職する際に、未取得の有給休暇日数分をすべて消化しようと考えて、退職予定日前に1か月近い休暇を取得することもあります。
この結果、業務の引き継ぎやシフト変更に支障が生じることは、いずれの医療機関にも頻出が想定される事態ですが、時間単位年休制度を導入することによって有給休暇取得が進み、こうした問題を回避することにもつながります。

時間単位年次有給休暇導入の効果
処理事務の煩雑さ等の事務的作業負担は増える印象がありますが、実際に取得する時間数は、これまでの1日単位あるいは半日単位の年次有給休暇申請件数を考えても、職員数が少ない場合にはそれほどの負担増には至らないと推測されます。
それ以上に、医療機関としての日常業務を円滑に行い、働きやすい職場環境を整えるためには大きな意義を持つといえるでしょう。

(1)時間単位年次有給休暇のデメリット

2010年4月以降、時間単位年次有給休暇の付与が認められるようになってからも、そのデメリットとして指摘され、敬遠されがちとなっている要因には、有給休暇取得状況の管理が煩雑になるという点が挙げられます。
しかし、前章で紹介したように、労使協定で翌年に繰り越す有給休暇日数(時間数)の端数を切り上げる等のルールで合意すれば、その単位は従前と同様に1日あるいは半日となって、格別管理が面倒となるものでもありません。

(2)時間単位年休取得状況の管理ツール

有給休暇の残日数・残時間数を切り上げて翌年に繰り越すことで、年度別の管理は現行と同様に取り扱うことができますが、時間単位での有給休暇は取得毎で管理するだけでなく、年度内に取得した時間単位年次有給休暇の累計を同時に把握することによって、取得上限時間数からその累計時間を差し引いた値が残時間数と明らかになります。
例えば、これら管理の仕組みを表として記載し、かつ職員が保管していれば、いつでも職員は自分の時間単位年休の残時間数を確認することができるようにもなります。

時間単位年次有給休暇取得の管理表例

時間単位年次有給休暇導入で期待される効果

(1)有給休暇取得申請をめぐる職員の負担軽減

職員の勤務シフト制が多く導入されている医療機関では、業務負担の増加などを懸念して、有休取得も他の職員に対する気兼ねから、思うように申請できないケースがあります。
しかし、1時間から2時間など取得時間が短いことで、取得を希望する職員の心理的な負担が軽減されるというメリットがあります。
一方、取得者以外の職員の立場からは、1~2時間の所用でも半日単位で有給休暇をし得されるよりも、抵抗感が薄まるという効果も期待されます。

時間単位年次有給休暇を取得する実際のケース

(2)採用募集時に職場環境をアピール

医療機関の人材不足が続く中で、休暇制度として時間単位の年次有給休暇制度を備えていることは、家庭の事情から正職員採用をあきらめていた優秀な人材確保にも役立ちます。
育児等により時間をとられる潜在有資格者も、一般的な育児休暇のほかに時間単位で有休取得が可能である職場は、働く環境として非常に魅力的に映ります。
これにより、既に制度を導入し運用している診療所にあっては、職員の定着率が向上する要因の一つに挙げています。
時間単位年次有給休暇を導入している場合には、職員採用募集においても積極的にその存在をアピールし、人材確保に活用することも可能です。

職員募集における採用条件における休日・休暇の明示例

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