働き方改革に向けた取り組みを理解する!「残業代ゼロ」法案と労働法 改正のポイント

1.「残業代ゼロ」法案の概要

1.「残業代ゼロ」法案とは

高度な専門知識があり、一定の年収要件を満たす労働者については、労働基準法による「労働時間規制」を外し、企業が残業代を支払わなくてもよいとする残業代ゼロ法案(正式名称:高度プロフェッショナル制度)を盛り込んだ労働基準法改正案が2015年4月上旬、国会に提出されました。
『高度プロフェッショナル制度』とは、「高度な専門的知識が必要で、時間と成果との関連性が高くない業務に従事する労働者について、一定の条件の下に、労働基準法で定められた労働時間などに関する規制が適用されないことを認める制度」のことです。
現行の「裁量労働制」も働く時間を柔軟に決めることができますが、両者の違いは以下のとおりです。

残業代ゼロ法案(高度プロフェッショナル制度)と裁量労働制の違い

『高度プロフェッショナル制度』と『裁量労働制』は、労働の質や成果によって報酬を定めることを可能とするという共通の目的があります。
他方、2つの制度が認められるための条件や、法的な効果には違いがあります。
まず、対象となる業務が異なります。
現時点で『高度プロフェッショナル制度』の対象となる業務としては、金融商品の開発・ディーリング、アナリスト、コンサルタント、研究開発等が想定されていますが、『裁量労働制』が認められる業務(専門業務型、企画業務型)と必ずしも一致するわけではありません。
また、『高度プロフェッショナル制度』は、現時点では年収1,075万円以上の労働者に限られることが予定されていますが、裁量労働制の場合、年収要件はありません。
現在の裁量労働制は、研究職や弁護士などの「専門型」と、調査・分析などの「企画型」があります。
日本経済新聞の報道によると、専門型は50万人、企画型は11万人が対象者 になっています。
今回の法改正により、企画型の分野で、一定の専門知識を持った「法人向け提案営業職」にも対象を拡大することで、数万人が新たな対象になるそうです。

2.高度プロフェッショナル制度の適用対象者

高度プロフェッショナル制度について、過去に示されてきた政府方針と労働政策審議会の制度案を整理すると適用対象者は次のように定義することができます。

高度プロフェッショナル制度の適用対象者

3.大手企業では導入に前向き

みずほフィナンシャルグループは、社内で対象業務の洗い出しに着手し、法案が通れば導入の可否を検討する方針です。
三井住友銀行も「法整備の状況を見ながら検討を進める」、野村証券や大和証券も「制度が正式に決まれば対応を検討する」としており、いずれも為替や株式のディーラー、アナリストなどの職種が対象になりそうです。
商社でも、住友商事が「できるだけ広く適用したい」とするなど、大手が導入に意欲を示しています。
厚生労働省は、メーカーの開発職も対象としたい考えで、製薬も導入の検討に入っています。
政府の産業競争力会議の民間議員として、脱時間給の導入を唱えたのは、武田薬品工業の長谷川閑史会長で、同社など大手製薬会社の研究職にも導入が広がる可能性があります。

2.平成27年施行労働法改正の全体像

1.平成27年度施行労働法改正について

平成26年は、通常国会・臨時国会に、労働分野の法律の改正法案、新法案が相次いで提出され、多くの改正や、新法制定が行われました。
これからの法律は、平成26年10月以降順次施行となっています。
労働法に関する改正および制定については、以下のとおりです。

労働法に関する改正および制定について

2.今後の法改正の動向

わが国の労務問題に目を向けると、雇用、労働の現場において、正規雇用者と非正規雇用者との処遇格差、非正規雇用者の雇用の不安定さ、正規雇用者を中心とする長時間労働といった様々な問題があります。
こうした雇用、労働をめぐる諸問題に対し、平成24年に労働者派遣法、平成25年に労働契約法の改正が行われました。
しかし、正規雇用労働者の年間労働時間が2,000時間と高止状態であること、また、年次有給休暇の取得率が50%を切っている実情からも、長時間労働の削減や年次有給休暇の取得促進等、働き方の見直しが喫緊の課題となっています。
政府が発表した「日本再興戦略改訂2014」では、「世界トップレベルの雇用環境の実現」を大前提として、働き過ぎ防止に全力で取り組むとしており、企業等における長時間労働が是正されるよう監督指導体制の充実強化を行い、法違反の疑いのある企業等に対して、労働基準監督署による監督指導を徹底するとしています。
さらに、今後も大きな改正として、以下のことが検討されています。

今後の法改正の動向

今回の労働法改正及び制定の中で、特に事業主が押さえたい以下の3つのテーマについて次章から解説します。

事業主が押さえたい3つのテーマ

3.パートタイム労働法の改正ポイント

1.パートタイム労働法の改正ポイント

パートタイム労働法は、正社員より所定労働時間が短い労働者に適用されます。
現在、労働者の3割がパートタイム労働者であり、労働力確保のためにパートタイム労働者を活用している企業がたくさんあります。
そのため、パートタイム労働者が納得して働ける環境作りの構築が急務となっています。
今回の改正では、パートタイム労働者の労務管理がより厳格化されています。改正内容は以下のとおりです。

パートタイム労働法の改正ポイント

2.パートタイマーの公正な待遇の確保

(1)差別的取扱いが禁止されるパートタイマーの対象範囲の拡大

差別的取扱い禁止のパートタイマーの対象範囲が、以下のとおりとなりました。
賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生の待遇等での差別的取扱いが禁止されています。

差別的取扱いが禁止されるパートタイマーの対象範囲の拡大

(2)待遇の原則規定の明文化

改正パートタイム労働法では、以下の規定が明文化されました。

事業主が、雇用するパートタイム労働者の待遇と正社員の待遇を相違させる場合は、その待遇の相違は、職務の内容、人材活用の仕組み、その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならないとする。
条文の中にある待遇には、全ての賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用だけでなく、労働時間以外の全ての待遇が含まれます。
パートタイム労働者と通常の労働者との待遇が、不合理と認められないためには、以下の点に注意しなくてはなりません。

職務の内容(業務の内容、当該業務に伴う責任の程度)、当該職務の内容・配置の変更の範囲(人材活用の仕組み・運用等)、その他事情の観点
また、通勤手当を通勤にかかる経費や距離と無関係に一律支給している場合、通常の労働者との均衡を考慮して、パートタイマーに対しても支給しなければならないことが努力義務となりました。

3.パートタイマーの納得性を高めるための措置

(1)雇入れ時の説明義務

事業主がパートタイマーを雇入れた時は、実施する雇用管理改善措置の内容について説明義務があります。
説明内容の例としては、以下のとおりです。

雇入れ時の説明義務
説明については、口頭が原則ですが、文書の交付でも問題ありません。
また、説明義務があるだけで、パートタイマーが納得することまでは求められていません。
なお、有期労働契約で、契約更新時の説明を求めたことを理由に不利益な取扱いをしてはいけない点には、留意が必要です。

(2)相談対応の体制整備義務の新設

事業主には、パートタイマーからの苦情を含めた相談に応じる相談窓口を設置することが義務化されました。
相談窓口は部署、担当者であるかは問いません。
今回の改正では、パートタイム労働法で文書の交付等明示が義務づけられている事項も以下のとおり変更となります。
パートタイム労働法で文書の交付等明示が義務づけられている事項

4.パート労働法の実効性の確保

規定に違反している事業主に対し、厚生労働大臣が勧告しても従わない場合、その事業主名を公表できることになりました。
パートタイム労働法には、労基法のような罰則(刑事罰)を伴うものはありませんが、法違反に対しては是正を促す行政指導の対象となります。
また、パートタイム労働法の規定に基づき、行政指導を行う場合に事業主から必要事項を報告させることができますが、その際に以下のような制裁措置が設けられました。
パートタイム労働法に基づき、報告を求められても報告せず、または虚偽の報告をした事業主は、20 万円以下の過料に処せられる。

5.法改正に対する企業の実務対応

法改正により、これまで以上に正社員と短時間労働者の労務管理や職務内容を明確に区別する必要があります。
「同一労働同一賃金」という考え方があり、正社員と同じ仕事をしているのに、パートタイム労働者だからといって賃金を低くすることはできません。
仮に正社員と短時間労働者を区別しないで、曖昧にしてしまった場合、不合理と認められた労働条件は無効となり、通常労働者と同じ待遇になるだけでなく、損害賠償請求される可能性があります。
法改正に対する企業の実務対応

4.育児休業給付が充実した雇用保険法改正

1.育児休業の概要

育児休業とは、働いている男女が育児を目的として取得する休業のことをいいますが、育児休業に関する法律として育児介護休業法があり、育児休業は1歳に満たない子供を養育するための休業と定義されています。
事業主は、労働者から育児休業取得の申し出があった場合は拒めませんが、育児休業中に雇止めとなる有期契約労働者については拒否することができます。
育休を取得できる期間は、産後休業期間(産後8週間)後から子の1 歳到達時(満1歳の誕生日の前日)までです。
ただし、保育所に入所できない場合等、例外要件に該当した場合は、申請により1歳6ヶ月まで延長することができます。
また、父母となった男女がともに育児休業を取得する場合、子が1歳2ヶ月に達するまで延長することができますが、この制度を「パパ・ママ育休プラス制度」といいます。
育児休業の概要

2.育児休業給付の充実

(1)育児休業給付金の支給率引上げ

育児休業とは、育児介護休業法で定められた子を養育するために労働者が取得する休業のことをいいますが、休業期間中は会社からの賃金支払い義務はありません。
そのため、育児休業取得による収入減に対する経済的支援を目的として、雇用保険には育児休業給付金制度があります。
育児休業期間中は、支給単位期間(育児休業開始日から1ヶ月ごとに区切った期間)ごとに休業開始前の賃金の50%が支給されます。
しかし、平成26年4月1日以降に開始する育児休業については、休業開始6ヶ月間(180日間)、労働育児休業給付金の支給率が当分の間、休業開始前の賃金の50%から67%に引き上げられることになりました。
今回の法改正の目的は、「育児支援の拡充」だけでなく、「男性の育休取得促進」も大きな目的となっています。法改正により、夫婦が交代で育児休業に入れることにより、ほとんどの期間で67%の支給率による育児休業給付金を受給できます。

(2)育児休業期間中に就業した場合の支給対象の見直し

育児休業給付金は、育児休業を開始した日から起算した1 ヶ月ごとの期間において支払われます(育児休業終了日を含む場合は、その育児休業終了日までの期間)が、これを支給単位期間といいます。
この支給単位期間中に就業した場合の育児休業給付金の取扱いが、平成26年10月1日以降は下記のように変更となりました。

育児休業給付金の取扱いについて、改正前と改正後
育児休業で会社が頼りにしている女性社員に長期で休まれてしまうことは、会社にとって大きな痛手となります。
従来から育児休業期間中であっても、勤務可能な時に仕事をして欲しいという会社の要望、そして、家での育児や家事だけでなく、短時間であれば仕事をしたいと思っている女性との双方にニーズがありました。
しかし、働いてしまうと受けられなくなってしまうのが、これまでの育児休業給付金でした。
今回の改正では、この点を多少解消する内容になっています。
ただし、支給単位期間中支払われた賃金の取扱いは以下のようになります。

賃金総額と給付金の合計が休業開始時賃金月額の80%超の場合は給付金を減額調整、賃金総額が休業開始時賃金月額の80%以上の場合は給付金の支給なし
なお、この改正により、就業日数が10日を超える場合は支給要件の該当または不該当を判断する必要があるので、記載欄追加や様式の変更、申請書の他に、タイムカード、賃金台帳、就業規則など就業時間や休憩時間が分かる書類をハローワークに提出する必要があります。

3.法改正に対する企業の実務対応

今回の法改正での企業の実務対応としては、以下の点が挙げられます。

育児休業給付金支給申請書の書式の変更→ハローワークから新様式をもらう、男性社員の育児休業に備える
国では、給付金の支給率引上げにより、現在2%に満たない男性社員の育児休業取得率が上昇すると考えています。
企業としては、男性社員が育児休業をとった場合にどのように欠員を補うか、業務体制の見直しが必要となってきます。

5.有期労働契約の特例措置

1.有期雇用特別措置法

(1)有期雇用特別措置法のポイント

平成25年4月1日に施行された労働契約法では、「同一の使用者で有期労働契約が更新され、契約期間が通算して5年を超える場合に労働者の無期転換申込権が発生する。」という無期転換ルールができました。
このルールは、有期雇用労働者の雇用安定を図るために作られたものですが、以下の労働者については、本来の雇入れの趣旨と合致しないケースが考えられます。

有期雇用特別措置法のポイント
上記の問題を解決するために、有期雇用特別措置法制定されました。
この法律は、労働契約法の無期転換ルールに特例を設けるものとして、平成27年4月1日より施行されます。
有期雇用特別措置法のポイントは、以下のとおりです。
有期雇用特別措置法のポイント

(2)有期雇用特別措置法の注意点について

無期転換ルールの特例適用を受けるには、雇用管理に関する計画を作成して厚生労働大臣の認定を受ける必要があります。
また、労使トラブル防止のため、特例適用の説明及び雇入れの際に行う労働条件明示事項に以下の事項の追加が求められます。

有期雇用特別措置法の注意点について

(3)有期雇用特別措置法の特例効果について

(1) 原則の無期転換ルール

同一の使用者との間で、有期労働契約が通算で5年を超えて繰り返し更新された場合は、労働者の申込みにより、無期労働契約に転換する。

原則の無期転換ルール

(2) 計画対象第一種特定有期雇用労働者に関する特例

7年の特定有期業務の開始当初から完了まで従事させた場合、その7年間は無期転換申込権が発生しない。

計画対象第一種特定有期雇用労働者に関する特例

(3) 計画対象第二種特定有期雇用労働者に関する特例

定年後引続いて雇用されている間は、何年継続しても無期転換申込権は発生しない。

計画対象第二種特定有期雇用労働者に関する特例

(4)特例と施行日の関係について

特定有期業務の開始時点及び定年の時点が、平成27年4月1日以後、または平成25年4月1日以後かつ平成27年4月1日(有期特措法の施行日)より前、あるいは平成25年4月1日(平成24年労働契約法改正法の施行日)より前のいずれであっても、特例が適用されます。

■参考文献
『労働法改正総ざらい』(労働調査会出版局)
『ビジネスガイド』(日本法令)
『厚生労働省関連ホームページ』

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