労務トラブルの増加に対応 職場の規律作りとルールブック活用法

1.職場規律の実態を把握する

1.乱れる職場規律の実態

(1)最近の労務トラブルの傾向

労務トラブルは、相変わらず増加の一途を辿っている一方で、徐々にその質が変わってきています。
かつて労務トラブルといえば、事業主からの一方的な解雇や労働条件の不利益変更によるものが中心でしたが、最近では問題行動を起こすスタッフをめぐって生じるものも増えてきています。
一部のスタッフの問題行動により職場の規律が乱され、それが組織風土の悪化につながっているという状況は増加しています。
しかし職場規律の乱れに関しては、その問題スタッフだけを指導してもなかなか問題解決に至らないというのが実態です。
それは、あるスタッフの問題行動が発端であったとしても、規律の乱れに対する医療機関の対応が不十分であれば本質的な問題解決にはつながらず、別の問題行動が発生してくることが少なくないからです。
職場の規律を確保し、職務に集中できる組織秩序を保つためには、スタッフだけに委ねるのではなく、医院自体が主体的に規律改善の対策を講じていくことが求められます。
職場規律の改善というと、スタッフをルールで縛りつけておくイメージを持たれるかもしれません。しかし本来は、秩序ある職場環境を実現することにより、スタッフが「安心して働ける」「この医療機関で長く働きたい」と思えるような職場づくりを目指すことが職場規律改善の真の目的なのです。
本稿では、就業規則を整備し、「職場のルールブック」というツールを用いた職場規律の改善方法、職場規律改善の仕組みについて解説します。

(2)職場規律の乱れが引き起こす深刻なトラブル

ここ数年は、問題スタッフの発生などにみられるように、多くの医院で職場規律の低下が深刻な問題となりつつあります。
以降で、実際に医院で発生しているスタッフの問題行動についての具体例を紹介します。

職場規律の乱れが引き起こす深刻なトラブル

2.職場規律が乱れる要因とその影響

(1)職場規律が乱れる要因

職場規律に乱れが生じるのはなぜでしょうか。
スタッフ側、あるいは医院や院長、リーダー側の要因等がありますが、いずれかひとつが職場規律の乱れを引き起こすのではなく、複数の要因が複合的に重なり合って、職場の規律を乱しているととらえるべきです。
職場規律の乱れは、基本的にはスタッフ側の問題ですが、同時に医院や院長、リーダー側の対応にも問題があるために生じていることがほとんどです。
若いスタッフと話が合わないと言うリーダーは多く、文化や価値観・考え方などの相違(いわゆるジェネレーションギャップ)を認識している一方で、職場規律については、逐一教えなくてもわかるはずだと考える傾向にあります。
また、新入スタッフ教育で、職場のルールを十分に指導している医院も全てではありません。
本来、医院によって職場規律に関するルールやその基準が違うため、自院内で具体的に教育する必要がありますが、それを怠っているために両者の認識のギャップは埋まらず、問題が解消されないのです。
また、最近は非正規雇用のスタッフが急増し、就労形態が複雑化することによって、多様な価値観を持ったスタッフが職場に増えてきています。
そのため、職場の規律に関する認識のギャップは、さらに拡大しているのです。

スタッフ側の要因
残念ながら、「規律の問題は業務遂行上大したことではない、なんとかなるだろう」と考えている院長は意外に少なくありません。
そうした院長は、スタッフにちょっとしたルール違反が見られたとしても、そのうち本人は気づくだろうと考え、都度注意指導を行うこ とはありません。
ケース1や2はその典型であり、それは当該スタッフの問題だけにとどまるものではありません。
周囲のスタッフは、院長やリーダーの対応の仕方や立居振舞いを非常によく観察しています。
同じ程度のルール違反であれば許されるということを知ってしまうと、ルールが機能しなくなり、次第に範が緩んできます。
また、スタッフが明らかなルール違反を起こした際、周囲の同僚からの注意や働きかけなどによる問題行動の改善を期待する院長もいます。
しかし、スタッフ間の自浄作用により職場規律が改善できるのは、成熟した組織に限られるため、多くの職場ではこのような仕組みはなかなか機能しません。
同僚に対して注意をすることは非常に勇気が必要であり、もし意見の食い違いがあれば争いの発生や人間関係にまで影響を及ぼすことも懸念される からです。
したがって、職場規律の維持・向上は、院長やリーダーが職制を利用して図るべきであるものなのですが、実際には院長やリーダーの意識が相当低いケースも見受けられます。

(2)職場規律の乱れが及ぼす影響

職場規律が乱れることにより生ずる影響は、次のようなものが挙げられます。

職場・スタッフへの影響

2.職場規律を守るための就業規則整備

1.就業規則の役割

就業規則とは、働くスタッフの労働条件や守るべき服務規律などを具体的に定めた規則です。
スタッフ数が10人以上となったときに作成し、医院の所在地を管轄する労働基準監督署に届け出ることが求められます。
10人未満の医院では義務付けられてはいませんが、スタッフ数が10人未満の場合も、全スタッフの力を効率的に発揮させ、スタッフ同士のトラブルを防止するために、守るべき一定のルールである「就業規則」は必要です。
ルールが明確になれば、それを徹底させるためにも、違反した者に対する「制裁」というペナルティを課す必要があります。
どのようなペナルティが適用されるのかも就業規則に明記していれば、違反を防止する効果にもなります。

2.規律を乱すスタッフに懲戒処分を実施する際の留意点

(1)「服務」「懲戒」規程の役割と必要性

医院において、服務として守るべき事項を守らず、院内秩序を乱したときに懲戒が行われるケースがあります。
ただし、権限があるからといって、スタッフの問題行動について制限なく懲戒を行ってよいというものではありません。
仮に、医院が懲戒処分をむやみに行ったとしても、手続の不備があったり、処分に妥当性がなければ、トラブルや紛争に発展する可能性があります。
そのため、懲戒を行うにあたって必要な前提条件や適正手順を押さえておくことが重要です。

就業規則の定めに基づく懲戒処分

(2)懲戒処分を行う際の留意点

懲戒を実施する際に留意すべき点は、以下のとおりです。

懲戒処分を実施する際に留意すべきポイント

(3)懲戒処分の種類

懲戒処分自体は医院が定めるものですが、一般的に次の5種類に分けられます。

一般的な懲戒処分の種類

3.服務規定・懲戒規定の定め方

懲戒処分は、原則として就業規則に規定されている内容でなければ科すことができないため、就業規則にどのように定めるかがポイントです。
就業規則には、懲戒規定とは別に服務規定が存在しています。
懲戒規定は、この服務規律と対の関係になっており、服務規律に書いてあることを守らなかったときに懲戒の対象になるという形にしておく必要があります。

懲戒対象と服務規程の関連性
懲戒事由は具体的に定める必要がありますが、過度に詳細化すると、規定と規定の間に隙間が生じて抜け道ができてしまうことから、実務的にはバランスを考え、具体的に規定しつつも、ある程度の事項をグループ化して規定しておくべきです。
医院の実態に合わせて自院にとって必要な規定か否かを吟味し、追加すべき事項があれば追加した上で規程を整備することが必要です。

就業規則に定める服務規程例(一部)

3.職場ルールブックの作成で労務トラブル防止

1.職場ルールブックの意義と作成上の留意点

(1)職場ルールブック作成の意義

職場ルールブックを作成することは、職場規律を守るために非常に有効です。
職場ルールブックは、一般には就業規則上の服務心得を中心としてスタッフが守るべき事項等をわ かりやすい言葉で表現したものです。
したがって、表現の違いこそあれ、就業規則と職場のルールブックとは整合性が取れており、お互いを補完する関係でなければなりません。
ただし、就業規則に規定されていても、職場のルールブックには記載されていない事項が存在するケースがある場合、職場のルールブックに書かれていることは、表現方法は異なったとしても、就業規則には必ず規定されている必要がありますので注意が必要です。
すなわち、「職場のルールブック < 就業規則」ということです。

(2)作成時の留意事項

職場のルールブック作成時には、以下のような点に配慮するようにします。
また、一般的な基準からかけ離れた条件の設定も問題となります。
地域や同規模の医療機関における労働条件を踏まえ、さらに裁判例などを参考としたうえで、ルールの設定をしなければいけません。

職場ルールブックの作成に際しての留意点

2.職場ルールブックの作成及び活用事例

(1)職場ルールブック作成事例

職場のルールブックは、目的に応じていくつかのタイプに分けられます。

(1)基本ルール周知徹底型

始業時刻や終業時刻とはどのような状態にある時刻を指しているのか、また年次有給休暇の取得や関連手続など、就業における基本ルールを示して周知徹底を図ります。

勤務時間等

(2)禁止行為型

飲酒運転厳禁事例のほか、個人情報や機密情報の流出を防ぐこと、暴力行為や業務上の不正処理など法令に違反する行為の禁止、また医療機関の信頼を落とすような行為は厳重に禁止することなどを示し、周知徹底を図ります。

禁止事項

(3)接遇型

医療機関としての接遇の基本的なあり方を示し、接遇の改善とレベルの向上を図ります。

スタッフに期待する行動

(2)職場ルールブックの活用事例

職場ルールブックを作成する際には、次のような視点を参考にしながら優先順位をつけ、徹底したい職場のルールを選択します。
ルールブックを作成し、スタッフに期待する言動や基準を明示することは重要ですが、それを配付するだけでは規律の改善にはつながりません。
最も重要なのは、実際に職場で活用していくことです。

(1)現場における指導教育の基準として

院長やリーダーの中には、スタッフの問題行動について十分に注意指導できない者もいます。
指導を受けるポジションでの勤務経験がなかったりすると、注意指導の方法や、自分の判断基準に迷う場合もあり、またスタッフから反論があった場合でも、ルールブックで具体的に明示された職場の基準に従った対応をすればよいので、院長やリーダーもきちんとスタッフに注意指導ができるようになります。

(2)入職時の教育での活用

新入スタッフに対するオリエンテーションや新入スタッフ研修で院内ルールを説明する場合にも、わかりやすく具体的に記載されているため、新入スタッフ教育ツールとして有効です。

(3)朝礼の時に読み上げて説明

朝礼等の場を利用して、ルールブックの内容を読み上げ確認します。
マンネリ化を防ぐために、すべての項目ではなく数項目ずつ取り上げ、いろいろな角度から説明するとよいでしょう。
また、その項目について実際にあった事例の簡単なディスカッションを行うとさらに効果的です。

(4)人事考課面談時のチェック項目として

ルールブックの項目を人事評価基準のひとつとして活用することを予めスタッフに説明しておき、評価項目として活用します。
特に評価面接を実施する際には、日頃の行動のチェックリストとして使用し、承認や具体的な指導に結び付けることができます。

(5)採用面接での資料として

採用面接の実施前にルールブックに目を通してもらい、面接で感想を尋ねたり、反応を見たりすることで、人物評価にも役立てられます。
また、ルールブックにより職場規律として医院が求めている内容やスタッフの姿を伝えることができるため、入職後のミスマッチやトラブルを抑制することができます。

(3)職場ルールブックの院内周知と定期的見直し

職場ルールブックをうまく活用していくためには、リーダーとスタッフ双方への周知が不可欠です。
周知の際には、次のような方法が有効です。

職場ルールブックの院内周知と定期的見直し
また、定期的にチェックを行い、課題の抽出と対応を行います。
内容のマンネリ化を防ぐためには、1~2年ごとに内容を見直し、改定するようにするとよいでしょう。
設けられた職場ルールが十分守られていれば、より規律内容のレベルアップを図り、一方、守られていないルールは表現方法を変えるなどして、改めて徹底を図るように工夫してください。

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