細菌感染・ウイルス感染を防止歯科医院における感染予防対策

1.院内感染事故率と予防対策の整備義務付け

1.院内感染予防対策の強化

平成26年5月に、歯科医療機関で歯を削る医療機器(エアータービンハンドピース、電気エンジンハンドピース)が滅菌せずに使い回されていると読売新聞記事で大きく報道されました。
これを受けて同年5月、日本歯科医学会より下記の通知がホームページに掲載されました。
その後、6月4日付で厚生労働省から各都道府県、保健所等に当該指針を参考として院内感染対策の啓発に努める旨の通知が発せられました。

日本歯科医学会 通知

2.高い院内感染事故率

歯科医師のB型肝炎の感染率は世界的にも「一般集団」より高く、米国では6倍、ドイツでは4倍、日本でも2.5倍と有意に高く、医療従事者の中でもHBV感染の最も多いのが歯科医師であると報告されています。
B型肝炎は血中ウィルス感染であり、血液を介して感染します。
歯科は、常に口腔内粘膜および血液への接触に曝され、さらに血液、体液の混入した飛沫に曝露していることから、一般病院以上の予防策が要求されます。

歯科医院での針刺し事故

3.感染が起こるメカニズム

感染対策を実施するにあたり、重要なことは感染がどのようなメカニズムで起こるかを知ることです。
感染が成立する要因や、感染症が発生するまでの過程を学ぶことで、医療従事者として何をしたら良いかを考え実践することです。

(1)感染と感染症

感染とはウイルス、細菌、寄生虫等の病原微生物が体に付着し、定着、増殖することで引き起こされた疾病を感染症と呼びます。
病原微生物の感染を起こす能力の程度と、微生物の量、当人の感染防御機構の程度によって感染が発症するかどうかが決まります。

感染の発症図

(2)細菌感染とウイルス感染

(1) 細菌感染

病原微生物が、健康な体の物理的生物学的バリアを突破して感染症を起こすには、感染を成立させる病原微生物の種々の病原性因子が必要になります。
その因子とは、細菌と毒素からなります。

(2) ウイルス感染

ウイルス感染は、侵入門戸周辺の細胞で1個の親ウイルスが1つの細胞あたり100~1万個の子孫ウイルスを増殖させ、体内伝播を経て標的臓器に到達し感染を起こします。
ウイルス感染によって標的臓器が強く障害されると種々の生体反応が誘導され、それらが総合されウイルス感染症が発生します。

4.院内感染予防の基準と対策指針

(1)義務付けられた院内感染予防対策

第5次医療法改正により、歯科医院などの無床診療所において安全管理対策、院内感染対策の構築、個人情報の保護、管理規程等を整備すべきことが義務付けられました。
その中の重要なテーマである「院内感染対策」についても、指針を整備し、基本的な考え方、医療事故発生時の対応方法等の明文化が義務付けられています。

院内感染予防対策の基準、院内感染の危険要因、感染予防の基本的な心得

(2)日本歯科医学会による院内感染対策指針

平成26年3月、日本歯科医学会より、「一般歯科診療時の院内感染対策に係る指針」が公表されました。
これは、無作為抽出された日本歯科医師会会員1,000名に対して、アンケート調査を行い、院内感染予防策に関するクリニカルクエスチョン(臨床的疑問)について、回答をまとめたものです。
質問の内容は下記に分類されおり、具体的内容については、4章で解説しています。

一般歯科診療時の院内感染対策に係る指針

2.院内感染予防対策の基礎知識

1.医療機関における標準予防策

感染・感染症の発生を抑えるには、感染経路を分断することで、感染を防止することがポイントとなります。
隔離予防策は、感染の伝播を遮断するための予防策として、新しい感染症の出現、医療環境の変化に応じて検討されてきた経緯があります。
1996年に提示されたCDC(アメリカ疾病予防管理センター)の「医療機関における隔離予防策のためのガイドライン」では、感染症の有無、病態・感染経路に関わらず、すべての人に適応されるスタンダードプリコーション(標準予防策)の考え方が提示されました。
2007年にCDC「隔離予防策のためのガイドライン」の改定で、感染対策の場の拡大と医療従事者の予防中心から患者も対象にした感染対策・手技の追加が示されています。

スタンダードプリコーション(標準予防策)

2.標準予防策の概要

(1)洗浄

洗浄とは、異物(汚物、有機物など)を対象から除去することをいいます。
洗浄によって異物を除去しておかなければ、消毒や滅菌が無効になることもあります。

洗浄の種類、洗浄時の注意点

(2)消毒

消毒とは、生存する微生物の数を減らすために用いられる処置法で、必ずしも微生物をすべて殺滅し、除去するものではないと定義されています。

消毒の種類、消毒薬使用時の注意点

(3)滅菌

滅菌とは、物質中の全ての微生物を死滅または除去することと定義されており、下記のとおりさまざまな滅菌方法があります。
「滅菌」は、生存する微生物がゼロであるのに対して、前述の「消毒」は、必ずしも微生物をすべて殺滅し、除去するものではないという点が異なります。
各滅菌方法の特徴を理解して、滅菌する器材の材質や耐久性、構造、そして滅菌業務を行う人の安全性に合わせて滅菌方法を選択する必要があります。

滅菌方法の種類、主な滅菌法の特徴

3.治療内容別の感染症予防対策

1.歯科治療内容別感染症対策

(1)歯科治療時の標準予防策

感染症を有する患者全員が、自分が感染していることを知っているとは限りません。また、歯科医院で申告するとも限りません。
そのため、すべての患者に感染予防策を行うのが標準予防策です。

歯科治療内容別に推奨される個人防護

(2)歯科診療で注意すべき感染症

歯科診療で注意する感染症は様々ですが、特に血液を介して感染する恐れのある感染症(HBV、HCV、HIV)が問題です。
また、歯科治療中に伴う唾液中には血液が混在することが多く、唾液といえども感染性が高く、注意すべきです。

感染症の種類、ウイルスとその感染様式

(3)抜歯時の感染予防ポイント

抜歯時の感染予防ポイントは、患者の血液、体液、喀痰、尿、便などすべてが病原体を含んだ感染性のある状態であると考えて、標準予防策を実施することが必要です。
歯牙分割時などにタービンを使用する場合は、口腔外バキュームなどの使用が有効です。

2.抜去歯、抜去歯以外の取扱い

(1)抜去歯の取扱い

抜去歯を廃棄する場合は感染性廃棄物として取り扱います。法で定められた産業廃棄物に抜去歯は含まれていませんが、抜去歯には血液や歯周組織などの感染性のある物質が付着していることがほとんどのため、感染性一般廃棄物となります。
この感染性一般廃棄物は「特別管理一般廃棄物」とされ、一般廃棄物とは一緒に廃棄できません。

特別管理産業廃棄物・特別管理一般廃棄物

(2)感染性一般廃棄物(特別管理一般廃棄物)の処理方法

抜去歯は抜歯後、速やかに専用の廃棄容器に廃棄します。
歯科医院から感染性一般廃棄物を処理する場合は、「廃棄物処理法に基づく感染性廃棄物処理マニュアル」に従い、各都道府県知事により許可されている専門業者に委託します。

(3)研究用・実習用抜去歯の取扱い

研究や実習用に抜去歯を収集する場合は、肉眼的に見える血液などを除去した上で、密閉した容器内で保存します。
抜去歯を用いた研究や実習前には、抜去歯をオートクレーブで処理するため、保存液は水道水または生理食塩水で構いません。
但し、アマルガム修復されている抜去歯は、加熱により水銀の蒸発や曝露の危険性が有るため、10%ホルマリン溶液に2週間浸漬させて消毒します。

3.歯科治療時の飛散防止

歯科治療時に飛散を完全に防ぐことは困難ですが、飛散の量や範囲や病原性を低下させることは可能です。
防止策としては、下記の方法があります。

飛散防止策

4.歯科医院感染症対策 Q&A

日本歯科医学会から公表された「一般歯科診療時の院内感染対策に係る指針」より、質問及び回答を抽出し、整理しました。
その他、独自に調査した内容も盛り込んでいます。

1.医療従事者の防護関連

Q. 他院では感染予防にどれくらいの費用をかけていますか?

A. 余分な費用を掛ける必要はありませんが、しっかりとした対策を取ることが必要です。
一般的な対策費としては、下記の金額を支出しています。
また、これらの対策を怠ったために患者に感染した場合の治療費は、大きな負担となります。

感染対策費(月額)(当社調査による)、感染症治療費負担(概算)

Q. すべての歯科診療において医療従事者がマスクや個人防護用具(メガネ、フェイスシールド等)を使用すると、使用しないよりも医療従事者の感染を防止することができますか?

A. 医療全般において処置の過程で目・鼻・口の粘膜に体液などによる汚染(血液やその他体液、分泌物の飛散)が予測される場合は、目・鼻・口の粘膜からの血液媒介ウイルス感染防御のため、マスク、ゴーグル、フェイスシールドの使用を標準予防策として推奨しています。
また、個人の眼鏡やコンタクトレンズは十分な眼保護としては考慮されません。
歯科治療時は、患者の唾液や血液・歯や材料等の切削片が飛散するため、マスクや個人防護用具の使用が勧められます。

2.器材などの滅菌・消毒関連

Q. 診療器材の滅菌処理方法について教えてください。

A. 米国の学者スポルディング博士(E.H.Spaulding)は、医療器具について使用時の感染リスクを基準に3つのカテゴリーに分類しました。
この分類はスポルディング分類とよばれ、FDA(アメリカ食品医薬品局)やCDC(アメリカ疾病予防管理センター)をはじめ専門家の間で、医療器具の滅菌や消毒のレベルを決定する際の判断に広く用いられています。
下記「スポルディング分類」による診療器材分類を参考にしてください。

「スポルディング分類」による診療器材分類

Q. 使用したハンドピースは、患者ごとにオートクレーブ滅菌する方が、アルコールなど消毒薬を用いた清拭よりも、院内感染防止に有効ですか?

A. 平成24年に日本歯科医師会会員を対象に実施されたアンケート調査によれば、使用したハンドピースを患者ごとに滅菌しているという回答は全体の3割にとどまっていました。
エアタービンハンドピースは、回転停止時にタービンヘッド内に陰圧が生じ、口腔内の唾液、血液、切削片などを含む汚染物資が内部に吸い込まれるサックバック現象が問題とされ、最近ではサックバック防止構造が各メーカーのハンドピースに備えられています。
しかし、色素液を用いたサックバック現象の研究によれば、エアタービンハンドピースで色素の内部吸い込みが確認されており、患者に使用後、滅菌しないハンドピースを次の患者に使用すれば交差感染を引き起こす可能性があります。
低速回転の歯面研磨用ハンドピースでも同様の問題が明らかにされていますので、使用したハンドピースは患者ごとに交換し、オートクレーブ滅菌することが強く勧められます。

3.診療室設備関連

Q. 歯科用ユニットは、患者毎に消毒薬で清拭、またはラッピングすると、しない場合に比べて院内感染を防止するのに有効ですか?

A. 臨床的な接触面、特に洗浄が難しい表面(歯科用ユニットのスイッチなど)の細菌汚染を防止するために、ラッピングなどの表面バリアを使用し、患者毎に交換することが勧められます。
また、表面バリアで覆われていない歯科用ユニットの臨床的な接触表面については、患者治療毎に消毒薬や滅菌剤で清拭することが院内感染防止に有効で、勧められます。

Q. 観血処置、歯・義歯の切削時に口腔外バキュームを常に使用すると、症例に応じて使用する場合と比べて感染のリスクの減少に有効ですか?

A. 歯科治療は回転切削器具を頻用するため、血液で汚染されたエアロゾルや微生物を含んだ切削粉塵が診療室に飛散していますが、口腔外バキュームは、エアロゾルや切削粉塵の飛散濃度を低減させます。
歯科治療時は、診療室内の汚染を減少させるために口腔外バキュームの常時使用が強く推奨されます。

■参考文献
「これで解決! すぐ出来る歯医者さんの感染予防」内藤克美・蓜島桂子 編 日本医学館 刊
「院内感染予防必携ハンドブック」洪愛子 編 中央法規出版 刊
「一般歯科診療時の院内感染対策に係る指針」日本歯科医学会 厚生労働省委託事業

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