歯科医院の増患に結びつけるマーケティング戦略

1.大きく変わる歯科医療マーケット

1.デフレ経済と共存の時代

(1)失われた20年を克服できない2000年代

バブルが弾けて20 年近くになりますが、日本社会は新たな光明を見出すことができないまま2010年代を迎えてしまいました。
冷戦後の世界はIT革命により世界の地理が一挙に縮小し、グローバル経済の下に置かれました。
同志社大学の浜矩子教授がデフレ経済と社会について「共存共栄、探るべき時」というテーマで語っています。
自分で自分の首を絞める「安売り競争」を憂えた内容で、いかにしてデフレを乗り切るかを「人間の心」に光を当てて論じた前向きの提言です。
浜教授は 「経済活動とは人間の営み」という原点に立ち返ろうとします。

デフレスパイラル
教授は現在のデフレ現象に危機感を抱き、値下げによる販売競争は「企業の減益」「消費低迷」「更なる値下げ」という転落のスパイラルに陥る危険性を指摘し、いまこそ「共存共栄の道」を真剣に探らなければと指摘、企業運営における「人の思い」の例を挙げて次のように続けます。
労使交渉も対決しているときではありません。
経営側は「こんな不況の時こそ賃上げしないとまずい」と考えないといけないのです。
労働側も権利主張ばかりでなく「会社にどんな貢献ができるか」を考えましょう。
世界が競争だけではなく、共存共栄の方策を求め始めているのは間違いありません。
グローバル・ジャングルでも、そうい う価値観が広がりつつあります。

2.ファストファッションと価値あるものの選択

(1)デフレを助長させる安売り合戦

消費の低迷を受けた安売り合戦は商店街だけの話ではなく全国的なもので、近年一段と激しさを増しています。
ディスカウントショップ、アウトレットモール、ファストフードが大流行りで、ユニクロに代表されるデザイン性を高めた低価格衣料が売れ行きを伸ばし「ファストファッション」なる新ジャンルまで誕生しています。

(2)「価値あるものの選択」というメリハリ

しかしそのような状況下においても、ここ一番のドレスアップシーンでは、私たちはやはりお金をかけようとします。
実はこのメリハリが人間に活力を与えているのではないかと思っています。
平時に力を温存しておき有事には貯めた力を一気に爆発させる、そのようなメリハリの利いた対応ができることこそ活力の存在を証明するものです。
それは何も同一ジャンルでのメリハリだけを言っているのではありません。
いわゆる「価値観の相違」で、「総中流意識」を乗り越えた現代の日本人が抱く共通した感性と言えます。
欧米流の生活水準を目指していた頃は全国民が「三種の神器」を揃えることに共通の価値観を持っていましたが、世界の先進国となった現代は「何が自分にとって価値あるものなのか」を考えることに意義を感じるようになっています。

3.ファスト医療の出現と問題点

(1)ファスト医療が蔓延することに対する危機感

ファストファッションはまさにそのような価値の一つとして登場したのですが、比較的イージーな風潮が広がる中で、その変化の本質を捉えずに「ファスト衣料」ならぬ「ファスト医療」が登場してきており、危機感を覚えます。
「ファスト医療」の特徴は、目につくところは立派で華やかですが、見えないところは手抜きのオンパレードという見せかけの医療で、安売りインプラントや、技量不足を患者へのおもねりでカバーしようとする歯科医院などが増殖しています。
技工物の海外発注やイ ンプラント使い回しなどがその表れです。
「本格派」では経営難になるとギブアップしたせいでしょうか、それともそのような対応が時代の流れを捉えた「変化への即応」とでも考えているからでしょうか。
いずれにしましても危険な方向に進んでいます。このような心得違いをここでしっかり否定しておく必要があります。
「普段はファスト衣料で節約をし、いざという時に備え、大切な健康に投資をする」歯科医療はそのような「いざ」の範疇に列せられる「価値ある存在」であると考えなくては、歯科界は発展しません。
「それは理想論過ぎる。日本にそんな患者がいるわけない」そう真っ向から否定する歯科医師がいます。
それは現実主義のようですが、実は敗北主義に近い考えで、そのように考えている限り、その歯科医院はファスト医療に向かって行かざるを得ないのが現実です。

ファスト医療が蔓延することに対する危機感

(2)身の丈を超えた増収志向は品質低下を招く

ファスト医療の悪影響
上記はつまり、「保険診療で利益を多く出そうと考えてはいけない」ということです。
診療行為ごとに値段が決まっていて、更に1件当りのレセプトの標準点数が決められている 制度のもとで、いわば商品の小売単価を自由に決められない制度下で利益追求を図ろうとすれば、品質のダウンしか方法はありません。
その理屈は次の算式からも明らかです。

保険診療報酬
この算式から利益を上げようとすれば、報酬を高めるか、原価や経費を下げる。
あるいはその両方を同時に行うしかありません。診療報酬を上げようとすれば単価はいじれませんから数量を上げることが唯一の方策ですが、一人の医師が診ることのできる一日の患者数にはおのずと限界がありますので、飽和点以上は物理的に無理が生じます。
医師の数とチェア台数を増やすことになりますが、きちんとした計画性を持ってしっかりした医師教育を行わない限り、員数合わせの複数ドクター制は品質低下を招きます。
それでは一人で行おうと体力勝負に打って出ても疲労蓄積と集中力欠如は品質低下方向にしか向わないことは明白です。
また「年中無休24時間診療」という究極の診療形態は、結局非効率で意味が薄いことが既に実証されていますので論外の手法と言えます。

(3)原価や経費をカットすれば品質は低下傾向に走る

診療報酬を無理にいじらないとすれば、仕入原価や経費を削減するしかなくなりますが、これも程度問題で、近視眼的に利益率を高めることはできますが、中長期的展望に立てば縮小均衡路線に向かうことになります。
「材料費や技工料を削って品質が高まるか」「人件費や研究研修費を削って品質が上がるか」上がる局面があるとすれば、それは明らかに無駄な要素をカットすることに協力業者やスタッフの共感が得られる場合のみです。

4.協力業者との共存

(1)歯科医院の発展はスタッフや協力業者との共存

歯科医院は事業として営まれている以上、利益を上げ発展しなくてはなりませんが、歯科医院が利益を上げるということは、歯科医院経営者である歯科医師1人が豊かになることでは断じてありません。
協力業者もスタッフも共に豊かになって行かない限り、歯科医院の発展は拡大も持続もしないのです。

歯科医院の発展はスタッフや協力業者との共存

(2)安物技工を選択したツケを払わされる事態が起きる

技工物を製作費の安い中国に発注する医院が近年増加しているようですが、中国製の技工物から有害物質が検出されたとの報道もありましたが、またまた歯科医院に対する不信感を増幅するネタが登場し、「歯科医院経営危機説」をさらに強く印象付けるようになっています。

(3)歯科医療の安売り合戦は品質劣化競争

安売り競争の結果は、歯科医院の利益圧縮だけで終わりません。
材料費や技工料といった変動費の圧縮にまず向かいます。
そして、その洗礼を最初に受けるのが勤務歯科医師の 給与です。
かつての「良き時代」の3分の1レベルにまで低下しています。
これまでその状況が受け入れられたのは、「開業までの準備期間」との思いが勤務医側にもあり、「勉強させてもらう」以上、「授業料相当が天引きされている」と考え、割り切っているからです。
ところが、技工料の圧縮やスタッフ給与の減額は、技工所の経営やスタッフ個人の生活にダイレクトに響くため、そうは行きません。
しかし、それでも発注者の立場から技工料を叩くことや、スタッフ給与の減額が行われるようになりました。
これらの現象を目の当たりにして歯科医療サービスの品質向上を期待することができるでしょうか。
品質は劣化 するしかないのです。

(4)真っ当な医療、正当な対価、そして協力者の育成

自信をもって真っ当な医療を提供し、そして、正当な治療費を請求するのは当たり前ですが、保険診療で規定されている治療を素晴らしい技術で丁寧に行うべきです。
行ってもいないことを「虚偽請求」するのは「悪」ですし、実際に必要があって行ったことを過剰 診療との指導を受けることを恐れ「過少請求」することも正しくはありません。
もし、真っ当に行った結果、医院経営が成り立たないのであれば、保険制度の理不尽さと、制約された治療内容の不十分さが患者に与える不利益について説明し、毅然として自費診療を勧 めるべきです。
そして自信をもって真っ当な医療を提供し、正当な治療費を請求すべきです。

真っ当な医療、正当な対価、そして協力者の育成
技工所は医院の価値を高めてくれる重要なパートナーなのですから、下請け扱いし、技工料を叩いてはいけません。
ところが外野から見る限り、歯科医師は歯科技工士をパートナーではなく、見下しているように感じられてなりません。
そもそも、技工物の発注書が「技工指示書」となっていることを見ても、「指示」を出す相手であると下に見ています。
同じ院内の使用人である技工士に対してならまだしも、部外者である技工所に対して何か偉そうに感じられるのではないでしょうか。
確かに技工物の製作は歯科医師の「指示」に基づいて行われるものなのでしょうが、一般的には違和感のある表現です。
パートナーと見るのであれば「技工依頼書」とするか、単に「注文書」で良いです。
同様にスタッフの給与も、やはり医院価値を高める協働者なのですから、優秀な人材に対しては誇りが持てるレベルに高めてあげなければなりません。
そして患者には、製作する技工所名と担当技工士のプロフィールが明記されたものを提示するのも良いでしょう。
それが誠意というものですし、技工士の立場を守ろうとする歯科医師がとるべき義のある態度です。
院内技工であるならば技工士が直接立ち会って挨拶をするように指導するべきで、それはまた患者に信頼感を与える正攻法です。

2.サービス・マーケティング・ミックス

1.「真の患者利益」の追求

(1)社会貢献の度合いに必ずしも比例しない現実の収益

正業の収益は社会貢献が伴ってこそのものではあるのですが、その逆の表現「社会貢献は収益となって還元される」は必ずしも現実を反映した言葉にはなっていません。
もし社会貢献が必ず収益となって還元されるものであるならば、収益は貢献度に比例することになりますが、なかなかそうは行かないのが世の常で、どう見ても社会貢献とは程遠い精神と手法によって増収増益を実現しているケースもあれば、一方では患者の健康回復と健康 増進に寄与する診療方針を打ち出しながらも、いま一つ収益が伸びない歯科医院も存在しています。

(2)真の患者利益について考えるべき

患者の真の利益を考えるとき、「利益」という言葉が経済的な意味合いだけで捉えられる傾向にあるため、患者の経済的負担の少ないことを以て患者利益と考えてしまいがちですが、純医療人としてそれは正しい対処と言えるでしょうか。
それは正しくありませんし、多くの患者の真意を探ってみてもやはり同じ答えが返ってくるでしょう。
医療の購入者である患者は、自分の利益について多角的且つ総合的に捉えています。
治療費という価格は、「自分の利益を最大化するための行動」を決定する際のひとつの要素に 過ぎません。

自分の利益を最大化するための行動

2.マーケティングの原点に立ち返る

これらの行動はマーケティングを正しく理解していないことに起因します。
販売活動を成功させる上で重要な要素となるものを「マーケティング・ミックス」と言いますが、それは次の4要素、「製品」「場所」「販売促進」「価格」によって構成され、その英語の頭文字Pをとって4Pと呼ばれています。
一般的に消費者は、工業製品などを購入しようとする際、この4Pで判断します。

「製品」「場所」「販売促進」「価格」
例えば、消費者は薄型テレビを買おうとする場合、製品の中身を考え、機能や品質の比較を行った上で、どこで買おうかと考え、チラシ広告などで特典をみつけ、それらの総合力と価格を比較した上で自分にとっての利益が最大になるような選択をするのですが、4Pとはその判断要素の4つを示したものです。
つまり価格は選択要素4つの内の1つに過 ぎないのです。
さらにサービス商品の場合のマーケティング・ミックスは次の3つが加わり7Pと呼ばれています。

サービス商品の場合のマーケティング・ミックス
レストランを決定するとき、最初の4Pで「今度は大切なお客様が一緒だから、(価格は) 少々高くてもいいから(製品の中身は)美味しい料理を出す、(場所は)銀座の(販売促進 は)あまり宣伝をしていない隠れた名店にしよう」という期待感を満足させてくれる何軒かの店を候補として挙げ、そして次の3Pで決定することになります。
「候補3軒の中でも、(人材は)気配りが素晴らしく、(物的環境要素は)落ち着いた雰囲 気の「割烹A」なら絶対気に入ってもらえる。
(提供過程は)予約もできるし、カードも使えるのでそこに決めよう」。

(1)価格はサービス購入に際して決定的な要素になっていない

価格の要素は、そもそも「予算」という意味では最も基本となるものではありますが、状況や目的によって予算水準は変化します。
工業製品と異なりサービス製品は価格よりもサービス提供者や雰囲気、提供過程などの質の方に決定的な要素があります。
いろいろな歯科医院において、「気に入っている店」や「行かなくなった店」について、その行動の決定的要因は何かを全員で発表し合い、それを自分たちの医院にあてはめて考える、という院内研修を行っていますが、どの研修においてもすべて同じような傾向値が得られています。
それら要素のベスト3は「サービスの中身」「人材」「提供過程」であり、「価格」は決定的な要因とはなっていないのです。

店選びの要素ベスト3

(2)患者利益を最大化するためのマーケティングを

この消費行動の原理を理解することなく、患者の受診行動を正しい方向に導くことはできません。
歯科医も売上を増やすためにマーケティングを学べというのではなく、患者の利益を最大化するためにこそ必要なのです。
そして収益は患者の利益を実現させた時、自ずとついてくることを、もしついてこない場合には7Pのどこかに問題があるのだということを理解する必要があります。

患者利益の実現

3.患者利益の最大化と人材運営

1.患者利益の最大化と質的向上

 

(1)患者利益の最大化は治療内容の質的向上が第一

「脱保険診療」という考え方がありますが、それは収益拡大を直線的に志向していくのではなく、患者利益最大化の一要素である「Product(製品の中身)」の質的向上を目指すということです。
点数配分の少ない処置に対してはあまり時間をかけるわけにはいかないのが経済原則ですが、しかし、点数がどうであれ、時間をかけてじっくり行う必要のある処置に対しては、応分の時間を費やさなければならないのが医療原則でもあるのです。

(2)経済原則と医療原則の矛盾を生む健康保険制度

この両原則を同時に満たそうとした時に生ずる矛盾を解決する方法が「脱保険診療」です。
例えば、「歯を残す」という、患者にとっての大きな利益に通じる根管治療が、あまりにも軽微に扱われているのが今の保険制度で、根管治療にしっかり時間とお金をかけることの必要性を患者さんに説き、根管治療の自費診療へ移行していくのが本来の診療の姿ではないでしょうか。

(3)患者利益を純粋に追求すると、多くは自費診療になる

都心部のブランドエリアで見かけるような、最初から自費診療1本の医院ではない、郊外型の保険診療医院が完全自費化に踏み切ることは相当の勇気がないとできないことですが、現に自費化に踏み切ることで収益が増大したかと言うと、決してそんなことはなく、むしろ経済的には苦しさが増すこともあります。
それでも、それだけ純粋に自らの仕事を突き詰め、患者利益を正しく求めると、多くは自費診療になります。
但し、「保険では儲からないから高額の自費診療」を目指す歯科医とは根本的には異なります。

患者利益を純粋に追求すると、多くは自費診療になる

2.立地環境から人材運営まで

(1)これからの歯科医院経営は歯科医学と人文科学で決まる

歯科医院経営を財務面から分析すると、歯科医院の成功は、技術力と財務管理力や立地環境で決まる、いわゆる自然科学と社会科学の範疇だけではなく、歯科医学と人文科学系が重要になります。
人文科学系とは、文学、哲学、心理学、行動科学といった領域です。
もちろん、歯科医学はどんな場合でも不可欠な最重要学問ですが、それ以外の社会科学領域は既に人文科学領域にその地位を取って代わられようとしています。
すなわち、立地環境よりも人材運用のほうが、入ったお金をどう処分するかよりも、いかに収益を安定的に増大させていくかのほうが重要な課題です。
それは「どこで歯科医院を経営するか」ではなく「誰と歯科医院を経営するか」であり、「内部志向」ではなく「外部志向」、すなわち「顧客は何を求めているか」を探ることが重要なのです。

3.人材運営の柱 歯科スタッフ

(1)スタッフに求められる感受性、柔軟性

スタッフに対する「教育」も自ずと変化し、顧客ニーズを引き出すためのSensitivity(感受性)やそれに対応するためのFlexibility(柔軟性)を鍛える必要性が高まってきます。
感受性と柔軟性に富んだスタッフはどのようなビジネスでも成果をあげるものですが、歯科医院においても全く同様です。
さらに加えて先進的な歯科医院で行われているように、患者のライフストーリーを聴き出し、それに沿って医療を組み立てることが求められるようになると、いわゆるEQ能力(心の知能指数): Emotional Intelligence Quotient, が必要になってきたのです。
もちろん、スタッフに対してだけではなく院長自身にはさらに強く求められるようになっています。

(2)重要視され始めた一般教養

歯科医療のように高度な技能を要するサービス業には相応の専門的知識と技術が求められるため、歯科医師や歯科衛生士などの資格を有することが前提となりますので、ともすればこのような一般的な教養が軽視されてきました。
ところが、有資格者が世の中に少なく貴重な存在であった頃はあまり問題にされなかった基礎的な教養も、資格の希少価値が薄れ始めると共に、礼儀を欠いたでたらめな態度が問題視されるようになってきたのです。

(3)有能な歯科助手と有資格者業務

歯科衛生士資格は有しないものの、永年の現場経験から有資格者と同じ業務ができるくらいの能力を持った歯科助手が登場し、その歯科助手が教養溢れた人材であったりすると、患者からの評判も高く、院内で大活躍をするようになります。
院長にとっては大変有難い「人財」で、半ば歯科衛生士と同様な使い方をしてしまいます。
全国にはそのような歯科 助手たちが大勢いることでしょう。
といって彼女たちに歯科衛生士業務を担わせることを法は禁じています。
実際に運転はできても免許証がなければ自動車を運転できないのと同じです。
患者もそれを知ればやはり不安になるでしょう。
もっとも下手くそなライセンスホルダーやペーパードライバーの運転にはもっと大きな不安を感じることはありますので、 資格の上にあぐらをかいているような人は困りものです。

(4)有能な歯科助手を組織の中核として登用

無資格でも歯科衛生士に負けない技能を持ち、尚教養にも溢れている歯科助手は使い勝手の良い中々得難い人財で、歯科衛生士のように使いたくなるのも分らなくはありません。
しかし、ここは考え方の転換が必要です。
歯科医院を組織としてさらに発展させて行こうと思うなら、そのような人財にもっと誇りを持って働けるような働き場を用意し、医院の機能を活性化させることを考えるべきだと思います。
全国の活性化している歯科医院には、自ら道を開き自己の働き場を作り上げてきた、いわゆる歯科助手といわれる人が大勢います。
その人たちの働きと医院の発展振りを見れば、その効果の大きさが分かろうというものです。
有能な歯科助手を「歯科衛生士もどき」として使おうとする院長は合法違法の観点からというよりも、人財活用能力という点において疑問であると言えます。
まだまだ「歯科医院は削って幾ら、磨いて幾ら」の感覚から抜け出せていないのではないでしょうか。

4.上手な人材運営で、愉快な良い社会を築く

(1)EQ能力を高め、教養を深める

有能な歯科スタッフは総じてEQ能力に優れています。
EQ能力は人とうまくやって行く能力ですから、家庭の中で、親戚縁者の中で、町内会で、学校で、クラブ活動で、会社の中で、あるいはたまたま乗り合わせた電車の中で、居合わせたパーティで、他者と友好的に円滑に交流し互いに成果を上げたり、成長し合ったりする能力のことを言います。
つまり愉快な良い社会を築いていく上では不可欠な能力で、とても大切な能力であるといえ ます。

EQ能力を高め、教養を深める
このEQ能力の高い人を医院の中核に据えますと、医院全体が活性化し、適材適所でそれぞれが意欲的に働けるようになることが期待できるのです。
勿論、歯科衛生士にEQ能力の高い人がいれば、その人が中核としてこの役割を負うことになんの問題もありません。
全国に医院の中核となって活躍する素晴らしい歯科衛生士を何人も知っています。
本当に技術と人格が備わった素敵な人たちです。
ただ、歯科医院の中核となるスタッフを選定するとき「まず歯科衛生士ありき」とする感覚が院長にあるならば、それは排除しておいた 方が視界は広がるだろうと思います。
さらにそのような人に教養の幅が広がり、深みが増していくならばとても素晴らしいことです。
是非、幅広い読書をなさることをお勧めします。

5.軽薄な消費社会と待つことの重要性

(1)情報過多社会が産んだ「性急さ」がもたらすもの

「基本は○○だから、この場面では△△だな」という発展の仕方を希求する姿勢が乏しく、 その場面で発する模範回答的なセリフを要求することが実に多いのです。
「具体的にどういう話し方をするのか教えてください」といって熱心にノートをとり、それをマニュアル的に覚えようとするといったようなことです。
情報過多の世界がもたらしているものは、ある種の性急さです。てっとり早く身に付く知識や情報ばかりを集め、その上澄みを丸呑みしようとする人が増えている気がします。
売り手側もそこを見越して、表面の多様性と食いつき易さで商機を拡大しようとします。
その結果生まれてくるものには重厚感も本物感もない薄っぺらな「疑似製品」とそれを購入する軽薄な消費社会なのではないでしょうか。

(2)静岡の小児歯科医、S院長の教育論

「待つことの重要性」に注目 静岡市内にS先生という立派な歯科医師がいます。
S院長が次のように語っています。
「今は『待つ』ことの重要性が忘れられている。
家庭や学校でも子供の成長に不可欠なことは『待ってあげること』なのに、失敗したり、出来なかったりすると、子供がそれを乗り越えようとするまで待てずに手助けをしたり、正解を直ぐに与えようとする。
これは教育ではない」S院長の経営するA歯科では、泣いている子供を無理やり治療することはしません。
ドクターとスタッフが魔法でもかけたように泣き止ませてしまうのですが、チェアに乗せる のはそれからです。
また治療が長引き泣き出した子供がいると、治療途中でもチェアから降ろし、泣き止んで自らチェアに上がろうとするまで待ちます。
これは、S院長の「子供たちの自発的など努力による達成感を与えなくてはいけない」という考え方に基づいた対 応です。
私たちはじっくりと「待つ」ことにもっと意義を感じ、時間を使うよう心がけるべきなのです。
今、歯科界では患者啓蒙用のグッズが数多く販売されています。
患者教育は重要ですが、出来合いのものをただ使うのではなく、独自の患者教育手法を編み出していくことがもっと重要です。
そのために、どのように考えるのか、どのように伝えるのか、じっくり考えを練り上げる必要があります。

■参考文献
2011年6月21日開催の歯科医院経営活性化セミナー(主催:ビズアップ総研)
「歯科医院の増患に結びつけるマーケティング戦略」(講師 株式会社DBMコンサルティング 代表取締役 宮原秀三郎氏)における講演内容および配布レジュメ資料を加筆・再構成して作成したものです。

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